「広汎性発達障害(自閉症スペクトラム)」と「軽度知的障害」の娘は、就労継続支援B型事業所で就職のための訓練を受けていますが、5年経ってもなかなか就職に結びつきません。
本人も強く就職することを望み、仕事も休まずに就労継続支援A型と変わらない内容で働いています。
仕事でもリーダーシップを取ったり、職人並みに作業をこなせるようになっていますが、いつまでたっても就職できないでいました。
就労継続支援B型で一般就労を目指し、就労移行支援を受けていても就職するのは難しいのでしょうか?
しびれを切らし、とうとう自分で動き出すことにしました。
就労継続支援B型やグループホームから出れない!世話人さんのアドバイスとは?
娘は特別支援学校の高等部にほとんど行けなくて、自宅で引きこもりしていました。
昼夜逆転の生活を改めるために、グループホームに入居して朝早くから起きれるようになり、作業に出れるようになりました。
ここまで改善できたのは、就労継続支援B型のサービス管理責任者(サビ管)さんや、職員の方々、グループホームの世話人さんのおかげだと思っています。
でも、いつまで経ってもずっとB型どまりで、グループホームを出たくてもなかなか出れません。
自宅からB型事業所に通おうと思っても、遠くてとても通える距離ではないのです。
娘も私も、何度もサビ管さんに自宅に帰って一般就労するか、A型事業所に変わるかしたいと訴えていましたが、なかなか実現できないでいます。
いったいどうしたらいいのか分からずに悶々とした日々を送っていました。
娘は普段からグループホームで起こる困ったことや、B型事業所での作業工賃が安すぎるなどの悩みをグループホームの世話人さんに相談していました。
グループホームでの生活が窮屈で、他の利用者の言いなりで辛いから自宅に帰りたいということも相談していました。
ある日、世話人さんがからこんなことを言われたそうです。
「前のサビ管のSさんは、積極的に就労をさせる人だけど、今のサビ管のIさんはあまり就労に積極的じゃない人みたいだよ。もっとおかあさんとかが強くアピールした方がいいかもよ」
仕事が休みで自宅に帰省してきたときにこんなことを娘から伝えられました。
なんと?!!Iさんに会うたびに一般就労したいと告げていましたが、それでは足りなかったのでしょうか?
就職したいという望みがいつまでも叶えられない
確かにSさんは会うたびに「絶対に就職させますから」と強く言っていました。
就労継続支援B型で働きだして2年が経過してSさんと「3年目には就職を目指しましょう」と話していたところでした。
3年目でサビ管がIさんへと変わり、Iさんにはそういった内容が引継がれていて、就職を目指していることも理解してもらっているはずです。
実際に、ぼちぼちではありますが、就労に向けての研修への参加や実習も行われていました。
運営しているのはB事業所だけではなく、障害者支援施設もあり、職員の方々が人手不足の中でどちらも走り回っているのは分かっていますし、娘一人だけに対応できないのも分かっています。
でも、もう5年も経っているし、なにより娘は社会に出て働きたい強い意思を持っています。
働くことが本人の成長に大きく繋がることになるし、社会貢献にもつながります。
「働きたい、働いただけの給料をもらいたい」
こんなにもいつまでも望みが叶えられないことに対して疑問を持ちました。
就労継続支援事業所からの一般就労は難しいのか?
データでも就労継続支援事業所(A型やB型のこと)からの就職が難しいことがわかります。
出典:厚生労働省 障害福祉サービスからの就職者について PDF
実際に一般就労につなげられない事業所が多く存在しているようです。
娘の通っている事業所では、生活や障害のための訓練で短い作業時間で簡単な作業をする人と、就職を目指して週5日、朝から夕方まで6時間の作業をする人に分かれています。
「就職を目的として作業をしています」
とはっきり説明されているので、私みたいななにもわからない素人が口を挟まなくても、慣れている職員にお任せしていればちゃんと就職させてもらえるものだと思っていました。
グループホームに入居しているのは、就労を目指す人や実際に就労している人が対象になっています。
娘の住んでいるホームには、A型事業所に通っている人が2名いて、他のホームでもホームから就職先に通っている人もいて、実際に一般就労出来ている人もいるようです。
でも、娘がB型事業所やグループホームを利用するようになってから、就労出来たりA型事業所に移行できた人はいないようでした。
ほとんどの利用者がずっとB型事業所やグループホームを利用し続けていて、そのままそこで歳を重ねていくのが現実のようです。
B型事業所の職員から
「○○さん(娘の名前)がいてくれると作業がはかどるから助かります」
とよく言われていました。
最近、事業所や施設の高齢化が進んでいて、作業が出来る人が少なくなってきているようですが、娘はB型事業所の生産の向上のためにいるわけではなくて、訓練のために作業をしています。
このまま任せっきりにしてただ待っているだけだと、娘はこのままずっと自宅に帰って来ないような気がしてきました。
自分からアクションを起こそうと思った
季節はもう11月になっていました。
4月に就職しようと思ったら、早く動かないと就職先もみつかりません。
具体的な期日を決めて、動くことにしました。
サビ管のIさんに電話で連絡して4月には就職させるつもりであることを伝えました。
B型事業所が忙しくて対応できないのなら、私がハローワークに連れて行って一緒に就職先を探そうと思っているということも告げました。
私は障害者の一般就労先を探す方法はよく分かりません。
でも、ハローワークに一緒に行ってどんな求人が出ているのか見たりして、なんらかのアクションを起こせば就職にもつながって行くのではないかと自分なりに考えてみました。
それに対するIさんの答えは、ハローワークに連れて行くのは自由なので、週に1度とか私が仕事が休みの日に娘が作業を休んで連れて行っても問題ないということでした。
でも、そういう提案をしてもIさんの反応がどうも薄くて、電話での話だけではうまく伝わっていないようなので直接事業所を訪ねることにしました。
改めてIさんと対面して話し合って、4月の就職を目指している意思をはっきりと告げました。
やはりIさんは就労に意欲的ではないようで、障害者が社会に出て働きだしたときの問題点ばかりを例に挙げて、就労に協力的には感じられません。
Iさんが問題にしているのは
・一般就労して社会に出ても挫折して帰って来る人が多いこと
・娘が男性の利用者に興味を持っているのがはっきりと感じられることがあるので、グループホームを出て自由になった時に行動に歯止めが効かなくなるのを懸念していること。
と言うことでした。
軽度知的障害の女性が社会に出てから起こる問題
娘も年頃の女性です。
男性への興味は持っていて当たり前です。
知的障害を持つ人には、自分の感情を隠せないでストレートに出してしまう人が多くいます。
娘は自己主張が強いわけではなく、感情をはっきりと表に出すこともあまりありませんが、やっぱりこういった男性への好奇心が隠せないではっきりと表に現れることがあります。
中学生のころ、クラスメイトに「好きな人いる?」と聞かれて、臆することもなくみんなの前で【好きな人ベスト10】を発表させられて、からかわれて深く傷ついたことがありました。
それ以降は男性が苦手になり、距離を置くようになりました。
それでも保護者会などでB型事業所を訪れると、娘のはしゃぐ様子で「今は誰が好きで誰に興味がある」とかはっきりとわかります。
だから?それで?・・・社会に出ていけないと言うんでしょうか?
さらにIさんが軽度の知的障害を持つ女性が、男性に利用されて悲しい目に合うことがとても多いので、社会に出るのに気を付けないといけないことも理由にしてきました。
軽度知的障害の女性は、見た目が健常者と変わりがない上に、素直に言われた通りの行動をするし、自分で判断をすることが難しい場合があるために、男性に食い物にされる話は耳にしています。
私の後輩にの知的障害の人がいて、学生時代は明るい無邪気な子の印象があったのですが、社会に出たとたんに次々と彼氏が変わって、頻繁に妊娠しては堕胎を繰り返していました。
いくら周りが言い聞かせても行動が治まらないので、とうとう保護者が不妊手術をするしかなくなったこともあります。
私は「持続性気分障害」のために強度の不眠症になり、睡眠薬の調節のために1ケ月ほど閉鎖病棟に入院したことがあります。
そこで長く入院生活を送っている知的障害の女性と入院中によく会話していました。
私よりいくらか若い彼女は、子供が4人いるそうですが長いこと子供たちに会っていなくて、子供たちには父親がいなくて、みんな児童養護施設で生活している話を聞いてとても悲しくなったことがあります。
だからと言って、そういうリスクを恐れて一生グループホームに閉じ込めておくのが娘の幸せになるのでしょうか?
万が一、娘が間違いを犯して望まない妊娠をしたとしても、私が一緒に育てればいいことです。
それ以前に、娘が自分の行動を自分で自制して、わざわざ不幸になることを選ばないだろうし、幸せな結婚をする可能性だってあるわけです。
私はそっちの方を信じてあげたいです。
もう事業所には頼らない!就職できないのなら自分でなんとかします
そういった話を聞いているうちに、もうIさんも、B型事業所も頼らない決心をしました。
4月まで就職先が見つからなくても3月にはグループホームを出て、B型事業所も辞めて、4月からは自宅から就職先を探す意思をはっきりと告げました。
娘と一緒にハローワークに通って、就職の相談をしているうちに、就職するためのなんらかの方法が見つかるのではないか。
このままB型事業所にいるよりはずっと見通しが明るいのではないかと思えるのです。
それに、以前は妹の進学のために田舎の方に住んでいて、利用できる福祉施設が少なかった事情がありましたが、元住んでいた地方都市にまた帰ってきているので、利用できる福祉施設も多くなっています。
私の方も、引っ越した為に仕事がなかなか定着せずに精神状態が不安定でしたが、元の地域に帰って来て新しい就職先で落ち着くことができて、家計の状態も改善されて、いつでも娘を自宅で受け入れる体制が整っていました。
準備は万端です。
3月でグループホームを退所して、B型事業所も辞める手続きを取りました。
幸い私の仕事がほとんど土日が出勤で休みが平日なので、早速来月からでもハローワークを訪ねてみようと思っていた矢先でした。
娘が以前のサビ管のSさんから紹介されたと言って【障害者就業・生活支援センター(なかぽつ)】の案内のチラシを持って帰宅してきました。
障害者就業・生活支援センター(なかぽつ・就ぽつ)とは?
障害者就業・生活支援センター(通称なかぽつ、就ぽつなど)は、障害のある人の身近な地域において、就業面と生活面の一体的な相談・支援を行う機関です。障害のある人の自立と、安定した職業生活の実現を目指しています。
「障害の悩みってどこに相談すればいいか分からない」「働きたいけど就職先が見つからない」「お金がなくて生活が不安」という障害のある人が、先の見通しを立てるための最初の相談先として適しているといえるでしょう。
就労継続支援B型を離れてもちゃんと相談機関があるのです。
本当に自分が世間を知らないことを痛感しましたし、サビ管ではなくなり娘の担当でもなくなったSさんがいつまでも気にかけていてくださったことに感謝しました。
就職に向けてB型事業所を辞めて、グループホームを退去する意思をはっきりと伝えたら、B型事業所の方で障害者就業・生活支援センターと連絡を取って下さってくれて、事業所で面談も済ませて事業所を退所した後の道筋を作っていただけました。
4月からは自宅から障害者就業・生活支援センターの紹介で障害者職業センターに通い、就職に向けた適性検査や訓練を受けることになりました。
もうB型事業所を頼らないで自分でなんとかすると決めたものの、具体的にどうしたらいいのか分からずに不安ではあったので、相談できる機関があると分かって正直ホッとしたところでした。
まとめ
障害者が利用できる福祉施設や福祉機関の仕組みは複雑で、全くなにも知らない私たちは専門的な知識を持っている人にお任せするしかないと思っていました。
しかし、ただ言われた通りに利用し続けていては、自分の希望や要望を叶えられない場合があります。
これはあくまでも娘の利用していた就労継続支援B型事業所での例なのですが、ある程度は自分でどんな施設や利用機関があるか知っておいて、自分の希望を明確に伝える必要があるようです。
もっと早くから動いていたら、娘は5年も就労継続支援B型にいなくてもよかったのかもしれません。
全面的にサポートしている施設や事業所もあるかと思います。
就労継続支援事業所からの一般就労が難しいのが現実のようですので、自分でもアクションを起こすことは大切だと思います。
障害者が利用する仕組みですから、本当はもっとわかりやすい発信や説明があるといいのですけどね。