私の次女は、小学4年生の時に突然学校に行かなくなりました。
「学校と距離が離れてしまうと、二度と登校できなくなってしまう」
と言うのが学校からの最初のアドバイスで、
「遅刻していいから、保健室でもいいから、1分でいいから連れてきてください」
と言われて、毎朝必死で娘を説得して学校に連れていったのですが、結局不登校は悪化していきました。
保健室登校で解決する場合もありますが、我慢を重ねて疲れてしまったうちの娘の場合は、まずはしっかりと休むことが必要でした。
不登校になった子供に何をすればいいのか?
一番近くにいて子供をしっかりと見ている親の判断が大事なこともあります。
「もう無理!学校に行きたくない」ある朝突然登校を拒否する
娘がある朝突然「学校に行きたくない」と言い出したのは小4年生の2学期のことでした。
朝、なかなか起きてこないので起こしに行ったら、布団を頭からかぶって
「もう無理、行きたくない」
と学校に行くのを拒絶するのです。
理由を聞いてみたら、クラスの一人の女の子が
「今日は○○ちゃんを無視する日ね」
と無視のターゲットを決めて、娘ともう一人の女の子を、その日の気分で交代で、みんなで無視をしていたのでした。
そのことは以前から娘から聞いていたので、担任の先生にも相談していましたが、なかなか解決できずにいたのでした。
だからといって、ずっと関係が悪いわけでもなくて、仲のいい時はとてもいい関係を築いていたので、しばらく様子をみることにしていました。
他にも1年生の頃から、娘の行動にひとつひとつしつこくケチをつけてくる子がいました。
人に対して反論できない性格の娘は「ウザイなあ、いやだなあ」と想いながら4年間ずっと我慢していたようでした。
クラス替えのない子供の少ない小規模校だったので、良いことがあっても悪いことがあっても、ずっと同じメンバーで過ごしていくしかないので逃げ道がないのです。
学校で嫌な想いをしていることは、娘からずっと聞いていましたが、学校に相談しても簡単に解決できる問題ではないので結局「様子をみます」で終わっていました。
娘が楽天的で大らかな性格なので、家にいるときはいつも通りに明るく過ごしていて、
「この子はきっと大丈夫」
と根拠のない自信で、娘が自分でうまく処理しているものだと思っていたのでした。
それなので、娘が布団から出てこなくなり、学校に行くのを拒絶した時は思わず
「あなただけは大丈夫だと思ってた」
と、つい言ってしまいました。
それに対して娘は
「無理な時は無理なんだよ」
と言うので、明るく過ごしながらも、ずっと我慢を積み重ねていたのだと思われます。
ちょうどその時期は、発達障害の姉が絶賛不登校中で父親も出勤拒否中だったので、次女が元気に学校に行けているのが救いだったのです。
学校で嫌な思いを我慢していた次女は、自宅に帰ってきても不登校中の姉と、出勤拒否中の父親に囲まれて、家の中も安心できる場所ではなくなっていたことで、我慢の限界だったと思われました。
ここで無理に学校に連れて行こうとしてもかえって悪化することを、長女が学校に行かなくなった時に学習していたので、その日は学校を休ませることにしました。
学校に相談したら「なんとかして連れてきて」と言われる
まずは学校に電話で事情を説明してから直接出向いて、校長、教頭、担任の先生方と話し合いました。
長女の不登校の経験から、しばらく次女が落ち着くまで学校を休ませるつもりでいました。
しかし、学校側の意見は
- 学校から一旦離れてしまうと、かえって学校に来づらくなってしまうので、学校とのつながりを切ってはいけない。
- お姉さんと妹さんでは事情が違うので、同じ方法がいいとは限らない。
- 教室に行けないのなら、保健室に来て過ごしてもいい。
- 本人の様子をみて、遅れて登校してきてもかまわないし、早く帰ってもかまわないので、1分でも学校に居られたら登校したとみます。
- 学校に来ても来なくても、遅れてくる場合でも、毎朝同じ時間に連絡をしてください。
ということでした。
確かに、長女の場合は発達障害が原因で、周囲との関係がうまく上手く築けないことで学校に行けなくなっていたし、性格も長女と次女とは全く違うので、対処法が違うと言われれば「そうなんだ」と納得することがありました。
それに、たくさんの子供とかかわってきている先生方のアドバイスなので、まずは学校の指示に従おうと思いました。
そこで、翌日からは
「保健室の先生に会いに行こう、先生とお話しするだけだし、嫌ならすぐ迎えに来るから」
と説得すると、保健室の先生のことは1年生の頃から大好きだったので、渋々なんとか起きてきました。
暗い表情で力がなく動作も緩慢としている娘に、服を着替えさせてランドセルを背負わせて、車に押し込んで学校に連れていくのでした。
校門に近づくと何度も足がとまり、拒絶してるのを何度も説得して、手を引っ張って保健室まで連れて行きながら、本当にこれでいいのだろうかと何度も疑問に想いました。
でも、先生方が「こうした方がいい」と言われるので、きっとそうなんだろうと信じて、学校に引きずって連れて行っていました。
そうやって、毎日嫌がる娘を1時間、2時間、それ以上かかる日もありましたが、なんとか説得して学校に連れていっていました。
毎日保健室で過ごしながら、保健室の先生と雑談したり、自習したりして過ごしていたようでした。
給食まで食べて帰って来ることもあれば、学校に着いて保健室の先生と少し話しただけで帰る日もありました。
「どうしてお姉ちゃんは休んでいるのに、私は行かないといけないの?」
と聞かれて、
「お姉ちゃんとあなたでは状況が違うから、先生が保健室でいいから学校には来た方がいいって言うし、教室に帰りたいと思った時に保健室に行ってたら教室に入りやすくなるんだよ」
と話しました。
後から考えてみると、この時の娘の心境は
「お願いだから今は休ませて」
だったのかもしれないです。
登校中に車の中で暴れだす
いつも通り、娘を引っ張って車に乗せて学校に向かっている途中のことでした。
学校に近づいてくると
「やっぱり行きたくない、なんで行かないといけないの?!!」
と言い出すので、あれこれ言いながら説得していると
「もう嫌だ!無理!!行きたくない!!」
と大声で泣き叫びながらジタバタ暴れだしました。
その様子を見てハッとしました。
「一体何をしてるんだろう?どうしてここまで嫌がっているのに無理に連れていかないといけないんだろう?これでは娘が壊れてしまうじゃないか」
とやっと気がついて
「わかった、もう帰ろう、学校に行くのはやめよう、もう行かなくてもいい」
と自宅に引き返しました。
自宅に帰りつくと、それまで緊張でずっとこわばっていた娘の表情が、やっとほぐれてきた感じがしました。
そして布団に潜り込むと、そのままぐっすりと眠ってしまいました。
保健室に行くのが辛かった
娘は、保健室で保健室の先生と話すのは楽しかったようでした。
実際に、迎えに行ったときには笑顔で先生と話している場面に何度か遭遇したりしました。
私も、娘と一緒に自宅に帰る前に、保健室の先生としばらく話し込んだり、相談ができたりしたので、保健室に行ってる間は少し安心できました。
保健室の先生に
「娘が給食を食べなかった分はどうなるのですか?」
と聞いたら
こういったことなども、保健室に迎えに行ったときに教えてくれました。
でも、朝登校するとなると渋るし、校門に入るとビクビクおびえて私の陰に隠れるようにして保健室へと向かっていました。
保健室でも、誰かが保健室に近づいてくると、サッと顔色が変わっておびえている様子だったと聞いていました。
学校では、保健室の先生以外の人に会うのを恐れてビクビクしているようでしたので、保健室が安心できる場所にはならなかったようでした。
おかあさんが学校に来てください
娘が登校を激しく拒絶したことを学校に、
「これ以上無理強いしたら娘がおかしくなってしまいそうで、とても学校には連れて行けないので、しばらく休ませてみます」
と話しました。
そうしたら
「学校との接点が途絶えてしまうといけないので、おかあさんが毎朝、お子さんの様子を連絡するために学校に来てください」
と言われました。
これまでも、保健室に遅れて登校する場合でも、朝の状態を電話で連絡するように言われてました。
毎朝、同じ時間に、同じことを「今日も起きてこなかったです、元気がないです」などの報告をするのはけっこう負担でした。
子供が毎朝起きてこなくて、沈んで元気がなくて学校にも行けない状態は、一緒に過ごしていてかなりの気持ちの負担になっているのに、それを学校に電話をかけて連絡するのはなかなか辛いものです。
それを、わざわざ職場と正反対の場所にある学校まで出向いて行って、報告に行くのは更に負担でした。
不登校の場合の学校へのお休みの連絡は、負担になるようなら学校と話し合って、毎日しなくてもいいと思います。
連絡をしないことで学校との接点がなくなっても、子供が学校に行けるような状態になったら行くし、行けない状態ならいくら連絡をして接点を持っていても、結局行けないのです。
ただでさえ、子供が学校に行かないことが負担になっているのに、無理して連絡を続けて、親まで体調を崩してしまったら全く意味がないと思うのです。
実際に、私は学校への報告が負担になって、入院する羽目になってしまいました。
今は休むべき時期だった
保健室にも行かなくなって、ずっと何もしないで家にいていいのだろうか?と不安になっていたところに、不登校の子供のためのカウンセリングがあるのを知りました。
「遊びに行く感覚でいいから行ってみよう」
と娘をさそって何回か通いました。
しかし「絵を描いたり、粘土遊びをしたりするのが疲れるし全然楽しくない」とカウンセリングに行くのも拒むようになりました。
しかも、車でカウンセリングの教室に行くまで、小さくなって座席で身をかがめて、外から見られないようにして隠れているのです。
「走っている車の中にいる人を、周囲はそんなに見てないよ」
と言っても、家から一歩でも外に出ると、周りの人の視線をかなり気にしていたので、学校に行けないことに罪悪感があるのだろうと思われました。
神経が過敏になっているようだし、気晴らしになるのでは?と考えたカウンセリングも、ただ負担にしかならなかったようでした。
学校に行けなくなるまでにたくさん我慢をして、神経をすり減らしてきて、エネルギーが枯渇している状態では、なにをやっても疲れるだけのようでした。
そういった状態の時は何もしないで、ただ安心できる場所でゆっくりと休むことが必要なようです。
気のおもむくままに、ゴロゴロしたり、テレビを見たりゲームをしたりすることで、次第に元気と明るさを取り戻していきました。
まとめ
子供が不登校になるまでの過程はそれぞれ違ってくるし、家庭環境もさまざまだと思います。
対応する学校の環境や、先生方の考え方もいろいろあると思われます。
私の次女の場合は、友達とのトラブルや、逃げ出せない小さな学校ならではの環境でストレスが続いて、さらに家庭が落ち着けない場所になったことで、我慢を続けたことですっかり疲れてしまって、エネルギーがなくなってしまって学校に行けなくなってしまいました。
そんな時に、無理に登校するための刺激を与えたり、あせって授業の遅れを取り戻すことをしても全然集中できないし、かえって疲れるだけで逆に学校から足が遠のいてしまう場合もあります。
エネルギーが無くなって登校できなくなった場合は、まずは安心できる環境でゆっくりと休むことが大事かなと感じました。
子供の状態によっては、保健室に登校することでまた教室に帰れる場合もあるだろうし、カウンセリングなどの学校以外の場所に行くことで、活力が出てくる場合もあるかと思われます。
『じゃあ、どうやって見極めればいいの?』
となりますが、学校の先生のアドバイスや、不登校専門のカウンセリングや相談機関などのアドバイスをしっかりと聞いた上で、子供に一番近くにいて子供の状態がしっかり分かっている人の判断が正しいことが多いのではと考えられます。
子供の状態を知るのも、子供の立場になって、子供の気持ちを考えて寄り添うことが大切だと思います。
子供のことを一番理解できるのは親なんだ。という事を忘れないでいるのも大事なのかな感じました。
娘さんが食べなかった分は、毎回「○○ちゃん(娘の名前)の分の給食が残ったけど、来れなかったからみんなで分けてたべようね」と学校にこなくても存在を忘れないように声をかけて分けています。